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福岡高等裁判所 昭和28年(う)436号 判決 1953年6月18日

控訴人 検察官 西川精開

被告人 江副又次

弁護人 仙田嘉吉 外一名

検察官 安田道直

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役壱年に処する。

被告人から金参拾五万五千円を追徴する。

原審並びに当審において生じた訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

検察官藤井勝三の陳述した控訴趣意は、記録に編綴されている検察官岩下武揚名義の控訴趣意書記載のとおりであり、弁護人仙田嘉吉の陳述した答弁は弁護人山本卓一名義の答弁書に記載と同趣旨であるから、いずれもこれらを引用する。

検察官の控訴趣意第一点(法令の解釈適用の誤)について、

論旨は、原審が被告人に対する収賄の各公訴事実について、これと必要的共犯関係にある各贈賄者の自白に独立の証拠能力がないものとし、これを被告人の不利益な唯一の証拠として、その有罪を認定し得ないものと断じたのは、証拠能力を不当に制限した採証法則の違背があると主張するにある。よつて按ずるに、およそ共犯者の自白のうちには、自白者自身の行為に関する供述たる面と、共犯者の他の一方である他人の行為に関する供述たる面とがあり、前者は本来の意義における自白であることは言うまでもないが、後者は証人としての共犯者の供述と見るべきもので、一般第三者の証言と何等選ぶところはなく、従つて共犯者の自白は、後者の供述を指称するものである限り(以下共犯者の自白とは後者の供述を指す)刑事訴訟法第三百十九条第二項(並びに憲法第三十八条第三項)に所謂本人の自白に包含されないものと見るのが至当であり、且つ本人の自白並びに共犯者の自白に補強証拠を必要とする根拠を考えるとすれば、本人の自白は、その証明力必ずしも薄弱ではないのみか、それが任意になされたものである限り、証人の供述よりその証明力は大であるが、万が一にも任意性の判断を誤り、任意性のない虚偽の自白によつて有罪とされる危険があるから、これを防止するためにその証明力を担保すること、また、共犯者の自白は、その証明力が司法経験上一般に薄弱であると考えられるため、これを増強することに、いずれもこれを求むべきであるが、本来本人の自白は自己に不利益な事実を承認するものであつて、被告本人の自身の供述であるから、反対尋問ということはあり得ず、そのまま、その不利益な証拠になるので、その真実性を担保するためには補強証拠を要することとするのが最も適切であるに反し、共犯者の自白はその者の供述内容が共犯関係に立つ他方の事実認定の基礎となる場合であるから、一般に真実性に乏しい共犯者の供述により有罪とされることのないよう、被告人の法的安全性を確保する必要上、その真実性を吟味させるために、被告人に対し反対尋問の機会を与えることこそ必要であるので、共犯者の供述をそのまま他方に不利益な証拠とするのではなく、反対尋問の機会を与えてからでなければ、これを証拠とすることができないものとするのを妥当とするのであり、なお多数の米国州の立法において、共犯者の自白に補強証拠を必要とした理由となつているところの、共犯者が罪責を免れ又は他に責任を転嫁するため、虚偽の自白をしがちであるというごときことは、特に共犯者の供述にのみ限られた現象とは考えられないばかりでなく、米国と裁判制度を異にするわが国において必ずしも之と同様に論結する必要は認められない。かくて、本人の自白に補強証拠を必要とすることから、直ちに共犯者の自白にこれを必要とするとの結論はでてこないのみでなく、却つて共犯者の自白を本人の自白と同一視し、これに補強証拠を要することとする実質的理由はないものといえるし、他に補強証拠を必要とすると解すべき法令上の根拠は見出し難いから、共犯者の供述は、他の共犯者たる被告人に対し、反対尋問の機会を与えられた限り、何等の補強証拠も必要とせず、これのみにより被告人の有罪を認定し得る完全な独立の証拠能力を有するものと解するを相当とし、ただ各具体的事件についてその証明力に対する自由心証上の価値評価には深甚な考慮を要するものがあるに過ぎない。もつとも、本人の自白に補強証拠を必要とする理由を、自白の偏重からその強要の弊を防止するにあるとし、この点からして共犯者の自白を被告本人の自白と区別する理はなく、又もし共犯者の自白に補強証拠を要しないこととすれば、共犯者の一方が自白し、他方が否認した場合に自白した方は無罪となり、否認した方は有罪となり、共犯関係を合一的に解決することができなくなるとの見地から、共犯者の自白にも補強証拠を必要とするとの見解がないではないが、右は前に説示したとおり本人の自白と共犯者の自白との差異等から生ずる帰結であつて賛同し難い。これを本件についてみるに、被告人の収賄の各公訴事実に関し、共同審理を受けない共犯者たる贈賄者側の坂井文一、大石喜次郎、高島市五郎の同人等に対する贈賄等被告事件における検察官に対する各供述調書に、被告人の右公訴事実に照応する自白の供述記載があること所論のとおりである。而して記録上明らかなように右供述者等は、いづれも原審公判期日において証人として喚問を受けたこと及び被告人と共犯関係にあるものとして起訴されていることを理由として証言を拒否したため、その供述を得ることができなかつたので、被告人に対し、右供述者等の反対尋問の機会は与えられなかつたことに帰着するが、なお、右供述者等の証言を得ることができなかつたものとして、供述者の死亡、疾病若しくは外国にいる等のため公判期日で供述することができない場合に準じ、反対尋問の機会が与えられた場合と同様に、該書面の証拠能力を肯定し得るものといわねばならない。けだし、刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号前段は、伝聞証拠禁止の例外として必要性の原則に基き、原供述者の供述を得る見込なく、伝聞証拠以外には利用し得べき原供述の証拠がない場合には、これに証拠能力を認めることを許容したものと解し得られるからである。それ故前示坂井等各共犯者の供述を録取した書面は、被告人に対し反対尋問の機会を与えた場合と同じく、これに補強証拠を必要とすることなくして、被告人の有罪を認定し得る完全な独立の証拠能力を有するものと認むべきこと、まさに所論のとおりであり、弁護人の答弁中この点に関し主張する見解には同調し難い。してみると、原審が被告人に対する収賄の公訴事実について、犯罪の証明がないものと判定する理由として、共犯者の自白を本人(被告人)の自白に含め、これのみが被告人にとつて不利益な唯一の証拠であるときは、これを以て被告人を有罪とすることはできないと説示したのは、結局前示各供述調書が叙上のごとく完全な独立の証拠能力を有することを看過したものであつて、訴訟法規の解釈適用を誤つたことに帰着し、その誤りは判決に影響を及ぼすこと明かであるから、原判決はこの点において、刑事訴訟法第三百九十七条に則り、破棄を免れない。論旨は理由がある。

検察官の控訴趣意第二点(事実誤認)について、

よつて記録を調査するに、本件収賄の公訴事実について、被告人は、原審公判廷において黙秘し、公判前においてもこれを否認しており、共同審理を受けない坂井文一外二名の各贈賄者が、前点で問題とした同人等の贈賄等被告事件における検察官の面前調書において、右公訴事実に照応する自白をしているほかは、他の関係人の情況に関する証拠が存在するに過ぎない。しかし右各共犯者の自白又は自認の供述調書が独立した完全な証拠能力を有することは前点において説明したとおりであるが、右各共犯者の自白と、前示公訴事実中坂井文一の贈賄関係に関する原審における証人岩松三郎(第二回公判調書)の証言、同人及び緒方勇三の検察官に対する各供述調書(第一回)、及び大石喜次郎の贈賄関係に関する井上シヱの検察官に対する供述調書(第一回)坂井文一外二名に対する贈賄等被告事件記録中の証人大川正夫、同小柳儀六の各証言(第二回公判調書)、並びに高島市五郎の贈賄関係に関する前記記録中の証人高島照登(第二回公判調書)同松本太一(第一回公判調書)同井上シヱ、同船津富一(第三回公判調書)の各証言のうち被告人に対する前示公訴事実中の一部金銭授受の日時、場所において、被告人と各贈賄者がそれぞれ面接したことに関する部分や、被告人の検察官に対する供述調書(第三回)中に、自己の管轄区域内の土建業者より息子の入学祝、妹の結婚祝、病気見舞、中元、歳暮等の名義で金品の授与を受けたことがあり、右の業者のうちには、坂井、大石、高島の三名も含まれていた旨、及び同人等がそれぞれ公訴事実のうちの一部の日時に自宅及び大石方その他井上飲食店等に自分を訪ねて来たことがある旨の供述、さらに証人高島市五郎の裁判官の面前における供述調書(刑事訴訟法第三百二十一条第一項第一号の書面に該当し、その証拠能力については前示検察官の面前調書について説示したところと同じ)、及び原審の公判における供述(第二回公判調書)を、彼是綜合して考察し、なお被告人の警察官による取り調べ以来の供述の変化の経過を参酌すると、前記坂井文一外二名の各贈賄者等の検察官の面前調書中の各供述(自白)の任意性及び真実性を疑わしめる情況はなく、被告人の本件収賄の各公訴事実はすべて(但し高島市五郎より収受した金員の数額の点を除く)これを有罪と認定するに足りる証明があるものと認めざるを得ないこと、所論のとおりであり、原判決が之と認定を異にし、右犯罪の証明がないとして無罪の言渡を為したのは、ひつきよう事実の認定を誤つたものというべく、右の誤りは判決に影響を及ぼすこと言を俟たないから、原判決はこの点においても、刑事訴訟法第三百九十七条に則り破棄を免れない。論旨は理由がある。

そして、当裁判所は本件記録及び原裁判所において取調べた証拠によつて、直ちに判決をすることができるものと認められるので、原判決を破棄した上、刑事訴訟法第四百条但書に則り、更に裁判をすることとする。

そこで当裁判所は、原判決が有罪を認定したとおりの事実を、原判決に摘示の証拠により認定するほか、次の事実を左の証拠により認定する。

(事実)

被告人は昭和二十五年二月末頃から同二十六年一月十三日迄佐賀県神埼土木出張所長として、管内の土木工事について、請負業者の指名及び入札、工事監督等土木行政に関する全般の権限を有する職務に従事していたものであるが、土木工事の入札に関し指名を受けた謝礼、及び将来の土木工事請負に関して便宜の取扱をされたいとの趣旨の下に、供与されるものであることを知りながら、

(一)  右所管内土木請負業者坂井文一から

一、昭和二十五年三月末頃佐賀県神埼郡境野村大字境原の被告人居宅において金五千円

二、同年四月中旬頃同所において金弐万円

三、同年五月頃同所において金参万円

四、同年六月頃同所において金弐万円

五、同年七月頃同所において金参万円

六、同年八月十二、三日頃同所において金弐万円

七、同年八月下旬頃同郡千歳村大字埼村字迎島の一軒家裏において金参万円

八、同年十月中旬頃前記居宅において金参万円

九、同年十一月上旬頃同所において金弐万円

十、同年十二月二十七日頃同所において金参万円

十一、同年十二月二十八日頃同所において金弐万円

(二)  前同土木請負業者大石喜次郎から

一、昭和二十五年八月初旬頃前記居宅において金壱万円

二、同年九月末頃同所において金壱万円

三、同年十月中旬頃同郡神埼町三丁目井上平八方二階において金壱万円

四、同年十一月初旬頃同町大石喜次郎方において金壱万円

五、同年同月末頃前記居宅において金壱万円

六、同年十二月末頃同所において金参万円

(三)  前同土木請負業者高島市五郎から

一、昭和二十五年九月中旬頃前記居宅において金五千円

二、同年十二月二十八日頃前記井上平八方二階において金壱万五千円

の各贈与を受け、以てその職務に関し賄賂を収受したものである。

(証拠)

一、検察官作成の坂井文一(第一、二回)、大石喜次郎(第二回)、高島市五郎(第一回)の各供述調書謄本

一、裁判官の証人高島市五郎に対する尋問調書

一、原審第二回公判調書中証人高島市五郎の供述

一、同第二回公判調書中証人岩松三郎の供述

一、同第四回公判調書中証人井上平八の供述

一、坂井文一外二名に対する贈賄等被告事件の第二回公判調書謄本中証人大川正夫、同小柳儀六、同高島照登の各供述

一、同事件の第三回公判調書謄本中証人松本太一、同船津富一、同井上シヱの各供述

一、岩松三郎、緒方勇三の検察官に対する各第一回供述調書

一、井上シヱの検察官に対する第一回供述調書謄本

一、被告人の司法警察員に対する第一、二回供述調書並びに検察官に対する第一乃至第三回供述調書(各一部)

の各記載を綜合してこれを認定する。

法律に照すと、被告人の所為中原判示の各虚偽公文書作成の点は各刑法第百五十六条、第百五十五条第一項、第六十条に、各同行使の点は各同法第百五十八条第一項、第百五十六条、第百五十五条第一項、第六十条に、詐欺の点は同法第二百四十六条第一項、第六十条に、前示各収賄の点は各同法第百九十七条第一項前段にいずれも該当し、各虚偽公文書作成、同行使、詐欺の各所為は順次手段結果の関係があり、各虚偽公文書の一括行使の点は一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、同法第五十四条第一項前段、後段、第十条に則り、犯情の最も重い虚偽公文書(二四水堤設第四号)行使罪の刑を以て処断すべきところ、これと各収贈の所為とは同法第四十五条前段の併合罪であるから、第四十七条但書、第十条を適用し、最も重い前者の刑に法定の加重をなした刑期範囲内において、被告人を主文の刑に処し、なお同法第百九十七条の四を適用し、被告人が本件収賄の罪により収受した賄賂はいずれもこれを没収することができないので、金参拾五万五千円を被告人から追徴することとし、また原審並びに当審において生じた訴訟費用は、刑事訴訟法第百八十一条第一項に従い、全部を被告人をして負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 筒井義彦 裁判官 柳原幸雄 裁判官 岡林次郎)

検事岩下武陽の控訴趣意

第一点原判決は法令の解釈適用に誤があつてその誤が判決に影響を及ぼすこと明らかである。

一、本件公訴事実中収賄の事実に関する公訴事実の要旨は原判決摘示の通りであるが之を要するに被告人は佐賀県神埼土木出張所長として管内土木行政に関する一般職務権限を有していたものであるところ土木工事の入札に関し指名を受けた謝礼及び将来の土木工事請負に関して便宜の取扱をされ度い趣旨の下に供与されるものであることを知り乍ら、(一)土木請負業者坂井文一から昭和二十五年三月末頃より同年十二月二十七日頃迄の間前後十一回に亘り同郡境野村の自宅において合計金二十五万五千円を収受し、(二)同業者大石喜次郎から同年八月初旬頃より同年十二月末頃迄の間前後六回に亘り右同所その他において合計金八万円を収受し、(三)同業者高島市五郎から同年九月中旬頃及び十二月二十八日頃の二回に亘り右同所その他において合計金二万五千円を収受し、以てその職務に関し各収賄したものであると謂うにある。

二、之に対し原審は犯罪の証明なしとして無罪の言渡をなしたものであるがその理由とするところは要するに本件収賄の証拠としては必要的共犯たる贈賄者側(坂井文一、大石喜次郎、高島市五郎)の夫々公訴事実に照応する日時場所において各金員を被告人に贈賄した旨の自白或いは贈賄の趣旨を否認して単に金員供与を認むる旨の自認(原判決は高島は贈賄の趣旨を否認しているから同人の供述は自認に過ぎないと判示しているが同人の検察官に対する供述調書及び裁判官に対する公判期日前の証言調書の記載に依れば同人も亦自白していること明瞭である)とその一部に対する情況証拠のみしか存在せず、而もこの情況証拠は右自白を補強するに足りないのみならず被告人は収賄の事実を否認するのであるから結局本件は共犯者の自白のみが被告人にとつて不利益な唯一の証拠であるので刑事訴訟法第三百十九条第二項の規定の趣旨に照しその自白のみを以て被告人を有罪とすることは出来ないと謂うにある。

三、併し共犯者の自白のみによつて被告人を有罪となし得るか否かについては学説判例区々に亘つているが最高裁判所は昭和二十五年五月三十日小法廷判決において「共同被告人若しくは共犯者の自白が憲法第三八条第三項の本人の自白にあたらないことも共同被告人の供述が補強証拠となり得ることも共に当裁判所判例に示されている通りである」との判断を示し之に同調する各高等裁判所の判決も多く又学説としては江家義男教授が同じくこの立場に立ち共犯者の供述のみを以て被告人を有罪とすることは決して不合理ではないとの見解を持している、本件において原判決は贈賄者が自白し収賄者が否認し贈賄者の自白を補強するに足りる証拠がない場合に贈賄者の自白のみで収賄者を有罪とすることが出来るとすれば否認する収賄者は有罪となり自白する贈賄者は無罪となるの矛盾を生ずるので不合理である旨判示しているが江家教授の見解に従えばこの場合贈賄者の自白は贈賄者にとつてはそのまま不利益な証拠になるのでその真実性を担保するために補強証拠を必要とするが収賄者にとつてはそのまま不利益な証拠にはならないで不利益な証拠になるためには収賄者の反対尋問を受けねばならずその反対尋問においてその真実性を吟味して始めて収賄者に対し不利益な証拠となるのであり結局贈賄者の場合にはその自白と補強証拠、収賄者の場合には贈賄者の自白と反対尋問ということとなるので両者はバランスが取れているから、贈賄者の自白だけで収賄者を有罪とすることは何等均衡を失するものではないとされこの理論構成は極めて妥当であると考えられ結論において前記最高裁判所の判決とも一致するものである、従つて共犯の一方が否認し他方が自白する場合においては否認する共犯を他方の自白のみによつて有罪となし得ること極めて明白であるので原審が共犯者の自白のみによつて被告人を有罪とすることは出来ないと断じたのは法律上何等の制限を受けざる証拠の証拠能力又は証明力を不当に制限するものであつて結局採証法則の解釈適用を誤つたものと謂わねばならない。

第二点原判決は事実誤認の違法がある。

一、共犯の自白のみによつて被告人を有罪とすることは出来ずその外に補強証拠を必要とするとの原審の見解が是認されるとしても原審が本件における証拠は共犯の自白のみであつて、他に之を補強すべき証拠なしと断じたのは失当である、即ち原判決が引用しているように本件においては贈賄者の自白以外に坂井文一贈賄関係部分については第二回公判調書における証人岩松三郎の証言記載同人及び緒方勇三の検察官に対する第一回供述調書の記載、大石喜次郎贈賄関係部分については井上シヱの検察官に対する第一回供述調書の記載、坂井文一外二名に対する贈賄等被告事件記録第二回公判調書中の証人大川正夫、小柳儀六の各証言記載、高島市五郎贈賄関係部分については坂井文一外二名に対する贈賄等被告事件記録第二回公判調書中の証人高島照登の証言記載、同第三回公判調書中の証人松本太一の証言記載、証人井上シヱ、同船津富一の各証言が補強証拠として存在しているのみならず、被告人の検察官に対する第三回供述調書中には「自分は管内土建業者より病気見舞、中元、歳暮等の名義で所謂社交的儀礼として金品の贈与を受けたことはあるが誰から、何時、何処で何をどれくらい貰つたという点は記憶しないけれども右の土建業者中には坂井、大石、高島の三名も含まれている」との自認の記載があるのであるから(一介の下級吏員が現金三十万円を社交的儀礼として受けたという供述そのものが極めて非合理的且つ非常識的であるが)この自認と前記贈賄者の自白並に之に対する補強証拠とを合せて本件公訴事実を認定することが出来ないわけではない、凡そ補強証拠については「多数の情況証拠を自白の補強証拠とすることは差支ないところであり」(最高裁昭和二五、七、一三判決)それは又「間接的証拠であると直接的証拠であるとを問わない」(最高裁昭和二五、四、五、判決)のであり更に「被告人の任意にされた自白と之を補強する他の証拠とを綜合してその被告人の犯罪事実を認定し得る以上他の補強証拠が物証であれ、人証であれ、将又所論に所謂情況証拠又は推測証拠であろうとを問わず、その被告人を有罪とするに差支ない」(福岡高裁昭和二五、二、一四、判決)のであつて原判決は補強証拠となり得るものの範囲並に程度を不当に狭く解し過ぎた結果その判示の如く本件においては何等の補強証拠なしと做すに至つたものであり、右は本来補強証拠に適するものを判決に引用しており乍ら、それば補強証拠とはなり得ずと断定したものに外ならぬ。

二、被告人は昭和二十三年一月頃佐賀土木出張所長として勤務中土建業者数名より酒食の饗応を受けた廉に依り収賄罪として佐賀地方裁判所に起訴されたが第一、二審共に無罪の言渡を受けたことがあり(記録三九七丁、四四八丁)神埼土木出張所長として転勤後、昭和二十五年三月末頃大石喜次郎に対し「大石お前は人気が悪いぞ暫く締めるぞ」と暗に工事請負入札に際し今後同人を指名しない様な言動をしたので大石からその頃自宅の電話開設したのを好機としてその開通祝に招かるるや「業者と飲んだら懲役に行かねばならないから行かぬ」と断つた事実もあり(記録二六一丁、二六二丁)本件は前回の事件の経験から業者との会飲を避けて現金のみを収受し以て後日の遁辞弁解に資せんとした計画的の犯行であり、本件により検挙さるるや警察の取調以来虚偽公文書作成同行使詐欺の点は弁解の余地なきを以て詳細な自白をなしておるのに拘らず、収賄の点に関しては頑強に黙秘権を行使し最後に副検事に対して概括的の自認をなしたのみにて収賄の趣旨については前年の三月以降十二月末迄の事実を翌年二月三日に供述するに際し記憶なしとの一点張にて供述を拒否したものである、固より黙秘権の行使は刑事訴訟法の規定に基く被告人の権利ではあるが被告人は捜査官の数回に亘る尋問に対し終始黙秘を続けた点より見るも公訴事実に対し弁解の余地なきため敢て黙秘権を行使したものであるとの推断も可能であり、その頃自宅の補修、調度品の新調等に約四万円の支出をなしており当時の被告人の収入と家族状況等より判断するも斯る余裕の生ずる余地なきは明らかな事実にして此の点に関し被告人は最後の公判期日において、右の費用は昭和二十五年三月頃妹ミサの結婚に際し祝儀として貰受けた金員から支出したものであると弁解しておるが右の弁解は所謂単なる弁解に過ぎず措信する価値なきものである。

裁判上の自由心証主義とは事案の真相を究明しあらゆる証拠を精査検討した結果の判断であり独善的恣意的の自由心証にあらず原判決挙示の証拠並に贈賄者高島に対する前掲供述調書及び証言調書の各記載によつて、本件は優に有罪と認定し得るに拘らず原審が之を無罪としたのは事実誤認の違法を犯したものと確信する。

仍て原判決の破棄を求むるため本控訴に及んだ次第である。

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